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宇野功芳先生ありがとう、いつも楽しい評論を書いてくれて…

 

 2016年が過ぎ去ろうとしている。ブーレーズアーノンクールなどクラシック音楽界にも大家の訃報があったが、ぼくにとってはやはり宇野功芳さんの逝去がいちばん衝撃だった。

 

■チャーミングなおっさん

 みなさんは、ブルックナーのスコアにおいてメゾ・ピアノ(mp)の指定がまったくと言っていいほど使われていない、その理由を御存知であろうか。

 ぼくは知っている。なぜなら宇野功芳が教えてくれたから。ブルックナーの初恋の相手はマリア・プフィッツナーという女の子だった。しかし熱烈な片思いはほどなくして爆砕、失恋の痛手を負ったブルックナーはそれ以降、彼女のイニシャルであるm・pを書けなくなったのだ―――。衝撃的な逸話だが、衝撃的なのは当たり前で、これはもちろん宇野さんの作り話である。あろうことか、宇野さんはこの与太話を『レコード芸術』誌の交響曲新譜月評欄でわざわざ書いていた。クラシック音楽評論家という一般には堅苦しい職業のイメージとはかけ離れた、なんというふざけたおっさんであろうか。

 

■「メータのブルックナー

 宇野功芳といえばメータのブルックナー。メータのブルックナー抜きにして宇野功芳は語れない。

 「メータのブルックナーなど聴きに行くほうが悪い」。有名なこの文言は宇野さんの代表的著書である講談社現代新書『クラシックの名曲・名盤』に書かれたもので、本書は氏のライフワークとしてその後も増補改訂がくりかえされ、現在売られている最新版にも「メータのブルックナー」の一節はもちろん語句を変えることなくそのまま記載されている。だって、これがなければ、この本がこの本でなくなってしまうようなものなのだから。

 冷静に考えてみると、「メータのブルックナー」にせよ「小澤のエロイカはまるでスーパードライ」にせよ、いったい皆、何十年前の文章をいまだに引っぱり出して遊んでいるのか。小澤スーパードライの件だって、ぼくはリアルタイムにレコ芸で読んだ記憶があるけれども、それだってもう20年以上前の話だぜ。いち音楽評論家の発言がこれだけ人口に膾炙した例としては、これ以外だと吉田秀和ホロヴィッツ評「ひびわれた骨董品」くらいなものではなかろうか。

 宇野功芳『クラシックの名曲・名盤』以前にも、クラシック音楽を初心者に分かりやすく解説しようというやさしい入門書の類いはあった。けれども、誰も宇野功芳のようなやり方でクラシック音楽を紹介することはできなかった。当時、宇野功芳ほどクラシックをポップに語れる評論家がいなかったのだ。

 これからクラシック音楽を聴きはじめようという人に、作曲家の生い立ちとか、ソナタ形式や調性がどうとか、そんな知識は必要ではなく、ただ最高の曲と最高の演奏はこれだと提示し、そのすごさについて語ればよかった。

 宇野功芳は、誰よりも的確にそれができた。というより、おそらくこれ以外のやり方を知らず、氏にとって唯一だったこの方法は宇野節と呼ばれるようになり、書籍は売れて版を重ね、その言葉はクラシック音楽ファンに浸透していく。

 ここで危険なのは、実際ぼくにもそういう時期があったが、宇野さんの評論を読んでいるうち、いつしか自分も宇野さんと同じ鑑賞眼を手に入れたような錯覚に陥ってしまうことにある。宇野さんがカラヤンについて述べた言葉「カラヤンの演奏でクラシック音楽に入門するのは良いが、初歩の段階を過ぎたら、他の指揮者に移っていかなければならない」は、そのまま宇野功芳の評論にもあてはまる。宇野さんの推薦盤を聴いて「ちょっと違うくね?」と感じた瞬間こそが、まさに初心者を脱する瞬間といえるのだ。

 

■君がいなくちゃケンカできない

 アンチ・カラヤンの急先鋒と思われがちだった宇野さんであるが、そこは是々非々で、良いと感じた演奏については意外にキチンとほめていて、カラヤン指揮によるベートーヴェンの『三重協奏曲』など、言葉を尽くして絶賛している。交響曲については最後まで点が辛かったが、そんな宇野さんのカラヤン批判も、帝王没後はしだいにトーン・ダウンし、近年ではカラヤン特集のムック本に寄稿するまでになっていた(以前なら考えられない)。その中で「カラヤンが亡くなってから、クラシック音楽界は火が消えたようになってしまった」「カラヤンには功罪あったが今となっては功のほうが大きかった気がする」と、さみしさすら漂わせている(以前なら考えられない!)。俺ぁよぉ御前さんが大嫌いだったけどよぉ、御前さんがいなくなってから、なんだかちっとも酒がうまくねぇんだよ、ちきしょうめ、って人情話みたいな有様ではある。

 

■キャラクター化した演奏家たち

 もうひとつ、宇野功芳の功罪は、演奏家それぞれの個性や特色を、まるで漫画の登場人物のようにキャラクター付けしたことにある。カラヤンは外面だけ豪華で無内容。フルトヴェングラーは精神性。トスカニーニはイン・テンポで楽譜に忠実。メンゲルベルクはロマンティック。朝比奈隆は不器用で愚直。小澤征爾は軽薄。バックハウスは無骨で深い。ハイドシェックは天衣無縫。ポリーニはうまいが浅薄。シゲティは下手だが深遠。などなど、実際には演奏家の音楽観というのはこんな単純化できるものではないとはいえ、これがとてつもなく効果的だったのだ。なにしろ宇野さんの著作にかぶれていた頃のぼくは、トスカニーニメンゲルベルクの音源など一枚も所有していなかったにもかかわらず、彼らの演奏の性格がどういうものなのか、はっきり知っていたのだから。

 個人的に、評論家・宇野功芳の最高の仕事として、バイロイトの第九のライナーを挙げたい。お手元にある方はぜひ一度読み返していただきたいが、最初から最後までこれぞ宇野功芳、これぞ宇野節と言いたくなる文章がぎっしりつまっており、もうよだれが落ちそうになる。ぼくなど何百回読んだか数えきれず、もはや演奏よりもこのライナーを愛しているほどで、まこと、批評が対象を超越した稀有な例といえよう。これを超えるライナーは今後もけっして現れまい(あ、もういいですか)。

 

 ■『指環』はいいぞ

 迷演・珍演・怪演揃いの宇野功芳指揮・新星日響によるオーケストラ・リサイタルの中でも、ワーグナーの『ニーベルングの指環』ハイライトは、ガチで良い。ちなみに、正直に申し上げてベートーヴェン交響曲シリーズはキツい。一聴おもしろくはあっても、繰り返しの鑑賞に耐えうるシロモノとはとても言えないが、『指環』は迫真の出来栄えで、この作曲家の豊潤な音のスペクタクルを堪能できる。「ブリュンヒルデの自己犠牲」掉尾を飾る愛の救済の動機まで、本当に心のこもった演奏で、最終和音におけるティンパニの、まさにいのちのかかった最強打(!)も必聴だ。

 

■さいごに

 宇野さんとは、昨年の夏いずみホールでの「第九」演奏会終了後にお話させていただき、握手してもらったのが最後となった。実はその前にも一度、ぼくが高校生のとき、シンフォニーホールで朝比奈隆ブルックナー9番を聴いた帰り道、大阪環状線の車中でばったり宇野さんに出くわして、おそるおそる声をかけたことがあった。ところが、あまりに舞い上がっていたぼくはサインはおろか握手すらお願いするのを忘れ、そのまま宇野さんは次の駅で降りて行ってしまわれた。さすがにその時のことなど覚えてはおられなかったが、「では20年越しの握手をしましょう」と手を差し出してくださった。ぼくは、自分の青春のひとつの不協和音が解決したようで、本当に感激だった。

 

 14歳のぼくにクラシック音楽のおもしろさを嫌というほど教えてくれて、ありがとうございました。合掌。

 

やっぱり、ベトはすごかった

クラシック音楽

 タイトル詐欺みたいなんですが・・・モーツァルトのピアノ協奏曲第20番二短調について書きます。 泣く子も黙るケッヘル466番である。 ははー。

 この時代の協奏曲には、第一楽章の終わり近く、 「ここはソリストの好きなようにやったんさい」 と楽譜に何も書かれていない 「カデンツァ」 と呼ばれる部分がある。 オーケストラは演奏を止め、ピアノやヴァイオリンの独奏がぞんぶんに腕をふるう、ようするにピアノ・ソロ、ヴァイオリン・ソロが展開されるところ、という理解で差しつかえないと思う。

 モーツァルトの時代よりもっと昔むかしのカデンツァは、ガチのアドリブでやっていたらしい。 しかし時代が下るにつれ、まあ、毎回そんな即興ばっかりでというのも、その、皆しんどいし、ちょっとね、と大人の判断が積み重ねられ、しだいにカデンツァは本番前にあらかじめ作曲されたもの、あるいは過去に誰かが作りつけたものを使って演奏するのが通例となっていく。

 全部で27曲あるモーツァルトのピアノ協奏曲においては、モーツァルト自身がカデンツァをつけたものもあるし、つけていないものもある。 この二短調協奏曲第20番にも、彼はカデンツァを書いていない (たぶん、めんどくさくなったのだろう)。 ゆえに後世のピアニストは、超天才の書いた楽曲の空白部分を自作で埋めよ、という厳しい宿題を課されることとなった。

 が、幸いというかなんというかこの曲には、かのベートーヴェンが書き残したカデンツァが存在する。 だから現在でも多くのピアニストは、このベートーヴェン作のカデンツァを弾く。 これはすごい。 モーツァルトの曲にいきなりベートーヴェンが入ってくるんだぜ。 西洋音楽史上まれに見る天才と天才の、夢の競演である。

 とはいえベートーヴェンの心境は競演というよりも、むしろ 「対決」 に近かったのではないだろうか。 胸を借りるのではなく、あくまでモーツァルトに拮抗する音楽をつけたいと、ベトさんはきっとそう思ったはず。 考えに考え、悩みに悩んで、このカデンツァを作ったに違いないのだ。

 正直に告白すると、ぼくは初めてこのカデンツァを聴いたとき、 「ベートーヴェンが作ったにしてはパッとしないなあ」 と、神をも恐れぬ感想を抱いたものである。 なーんか音階をやたら上がったり下がったり、こけおどしのような響きで、展開にも乏しく、楽聖さんどうしたの、ちょっと芸がなさすぎるんじゃない、とか思っていた。 ほんと恐れを知らぬとはこのことである。

 というのも、このカデンツァにはベートーヴェンの普遍的なイメージであるところの苦悩とか、運命との闘いとか、そういういかにも大仰な表情や緊張感が、どうも希薄なのだ。 とてもダイナミックでなおかつ美しい、まぎれもなくベートーヴェンの音楽ではあるのだけれど、うーん何かが違う。 聴こえてくるのは、そう、なんだか分からないが得体の知れぬ、とてつもなく巨大な、しかし質量はない、そんなものが・・・

 で、ああ、そうか、と思った。 これは虚無だ。 あるいは宇宙と言ってもいい。 映画 『ゼロ・グラビティ』 じゃないけれど、ぼくはこのカデンツァが始まった途端、まるで何もない漆黒の宇宙空間に放り出されたような、そんな感覚に襲われる。 つまりそういうことだったんだ。

 ベートーヴェンは考えた。 絶望、苦悩、運命への抗い、自身がもっとも得意とするところのそれら感情表現はしかし、この曲のはじまりからずっとモーツァルトが鳴らしているのだ。 いわばお株を奪われた状態が約10分にわたって続き、そこへ来てさあカデンツァで通常のベートーヴェン節を差し込んだのでは、キャラかぶり、二番煎じ、劣化コピーなどの謗りを免れない。 かといってカデンツァの後は二短調に戻って終結するわけだから、変に明るい曲調にするわけにもいかず、やはりここはどうしても短調で勝負する必要がある。

 じゃあ、どうしたか。

 絶望に絶望をぶつけたって、何も解決しない・・・この絶望は、巨大な虚無で受け止めるしかない。 たぶんベトさん、そう思った。

 耳を澄まして聴いてみると、カデンツァはまず、低音と高音の神秘的だがどこか不気味なかけ合いで始まる。 そのあと美しい第二主題が静かに再現されて、しだいに高揚していき、第一主題を軸とした劇的な展開がしばし繰り広げられるも束の間、すぐにまた静まりかえると、突然、さっきまであんなに美しかった第二主題が突然モノリスのように抽象化された、変わり果てた姿となって立ち現われ、ここで音楽はロマン派を飛び超えいきなり20世紀の音楽にタッチしてしまったかのような光景に変貌し、最後は右手が高音のトリルを持続する中を、左手がまるで宇宙の軸がひずんで、ゆがんで、壊れてゆくような恐ろしい (けど音は極めてシンプルな) 風景を一瞬映し出し、終わる。

 ベートーヴェン渾身の作であるこのカデンツァは、わずか2分半の間に宇宙の創生から終末までを描写している、と思う。 ぼくは最初その 「からっぽ」 感が (あまりの巨大さゆえ) 掴み切れず、なんだかよくわからないという感想しか持てなかった。 おそるべき2分半である。 そしてこの巨大な虚無はモーツァルトの絶望を受け止め、押し返し、ピアノ協奏曲第20番に無限の強度を与えた、と感じる。

 いやー、しかし、ここまで書いておいてなんなんですが、この曲しんどい。 たまに聴くにはいいけど、多くのモーツァルトファンの言うとおり、やっぱしこの作曲家は、長調に限る。 明るくなければモーツァルトじゃない!

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『オデッセイ』感想・マーズスランプ二人ぼっち(犬なんかよばなくてもくる)

映画
 映画『オデッセイ』観てきました。おもしろかったです。 注・・・以下、ネタバレあり。 未見の方はお戻りください。  ぼくがいちばん 「うおおおおお!」 ってなったのは、ある地点でワトニーが砂に埋もれた 「何か」 を掘り出そうとし、時を同じくして地球ではワトニーの意図を察知したカプーアがその 「何か」 をよく知る人たちの元へと向かう、あのシーンです。  「あっ・・・もしかしてこれは・・・あああ!! マーズパスファインダーだああーーー!!!!!」 と気づいたときは鳥肌で思わず座席から立ち上がりそうになりました (立ち上がりませんでした)。 実際に1996年に打ち上げられ、1997年7月に火星に着陸、膨大な写真とデータを地球に送信した実在の火星探査機で、映画の中盤、ワトニーの足元に突然現れた四角いルンバみたいなあの機械は、マーズパスファインダーのいわば本体であったローバー探査機 「ソジャーナ」 です。 ソジャーナ.jpg 火星の岩石を調査するソジャーナ。かわいいですね。  ソジャーナについては、Wikipediaにこんな記述があります。  マーズ・パスファインダー - Wikipedia
ローバーはあらかじめ「地球との通信が一定時間途絶した場合、着陸機に近づくこと、ただし着陸機には乗ってはいけない」とプログラムされていたことから、カール・セーガン記念基地のまわりをさながら子犬のごとく(故障するまで)廻っていたであろうと考えられる。
 地球と交信できなくなったあとも、着陸機のまわり10メートルの範囲内をくるくる走り続けていたみたいなんです、たったひとりで。 そしてそのまま砂に覆われてしまった。 だからワトニーによって掘り出されたとき、どれだけうれしかっただろうなあと思いますね。 大はしゃぎしてハブの中を走り回っていたもんね。  もちろんこれは映画の中のお話で、実際のソジャーナは今でも火星表面で砂に埋もれていると思われます。 でも、人類はおそらく、ぼくが年をとってじじいになるころまでには、火星への有人探査を実現するでしょう。 太陽系の外へ向かって行ったパイオニアボイジャーにぼくらが再び会うことは、さみしいけれどもうない。 でもソジャーナや、土星の衛星タイタンに着陸したホイヘンス・プローブは、いつか必ず人間が行って彼らを回収するはずです。 「やあ」 とかなんか言って。  だから人間と科学の力を信じて、それまで待ってなよ。 きっと誰かが迎えに行くだろうから。 と、劇場からの帰り道、冬の空を見上げながら思いました。 あと実家のわんこに強烈に会いたくなりました。 次の休みに帰ろう。  それにしても映画と現実が交錯してどこまでがフィクションなのか分からなくなるこの感じ、本当に楽しいわあ。 いやー宇宙って本当に素晴らしいもんですね。

日本に、朝比奈隆がいてよかった。

クラシック音楽

 本邦のクラシック音楽ファンにとって朝比奈隆をどう評価するかは、けっこう避けては通れない問題で、それはかつてのカラヤンに対するそれと同じような、ある種の踏み絵となっている。

 ぼくは90年代の、まさに朝比奈ブーム華やかなりし時期、何度か朝比奈と大フィルの演奏を生で聴いた。 聴いたには聴いたんだが、まったく正直なところ、あまり印象には残っておらず、 「アンサンブル、雑だったな」 という感想が思い起こされる程度なのでした。 すいません。

 聴衆は熱狂していた。 ブルックナーの8番、サントリーホールでのライヴ盤で1トラックまるまる収録されている "applause (拍手)" 、いわゆる 「一般参賀」 は後日の大阪ザ・シンフォニーホールにおける凱旋演奏会でもほぼ完全に再現され、その中でぼくもまた他のお客たちと一緒に、誰もいなくなったステージに向けて30分近く拍手を送りながら、俺は一体、何に感動しているんだろう、と頭の片隅で考えていた (かどうかは定かでない)。

 しかし朝比奈ブーム牽引の一翼を担った当の宇野功芳からして、朝比奈について 「この不器用な偉大なるアマチュア」 「棒は下手だし、耳が鋭いわけでもなく、音楽性が優れているわけでもない」 「その風格だけで大指揮者になった」 などと、わりとミもフタもないことを書いている (※1) し、これは没後だけども別の本 (※2) ではN響の女性ヴァイオリン奏者が、とあるブルックナーのリハーサルにおける朝比奈の指示がどれだけ雑なものであったか、半分ユーモアまじりに書きつらねていたり (追悼特集にこれを載せるというのもある意味すごい) していて、朝比奈の演奏が良くも悪くも、手兵大阪フィルの技術的力量も含め、こまけぇこたぁいいんだよ的性格のものであることは、存命のうちから十分に共有されていた認識だった。

 だからアンチ朝比奈派の評論家にどれだけクソミソ書かれたって、ファンからすれば、音が鳴ってから指揮棒が下りてるだのスコアを何十ページもまとめてべらべらめくってるだのオケがちっとも棒を見てないだの、んなこた分かっててこっちは聴きに来てんだよ! と、まるで意に介さなかったんである。 なんでや! 阪神関係ないやろ!

 実のところ、ぼくはこの巨匠がもっとも適性を示した作曲家はブルックナーでも、ベートーヴェンでもなく、ブラームスだったんじゃないかという気がするし、実際ブラームス交響曲 (とくに1番) は、朝比奈の指揮でよく聴きたくなる。ブルックナーでは当代随一を聴かせる大家としての責務をいつの間にか課せられ、またベートーヴェンには生涯とおして深い畏敬の念を隠さず、その演奏には常に悲壮な使命感すら漂わせていた朝比奈が、ことブラームスの音楽に対しては何ら気負うことなく、肩の力を抜いた等身大の姿でもって没入できたんじゃあるまいか。節目節目に好んで取り上げていたチャイコフスキーの5番なんかも、きっとそういう曲だったんだろうな。

 朝比奈が指揮するブラームスを聴いているとまるで、ぽかぽか晴れた日に猫が居眠りする縁側で囲碁など打ちつつお茶をすすりながら 「いやあ、あん時は参ってねえ、本当にねえ」 なんて老人の話に耳をかたむけているような趣がある (囲碁できませんが)。 これがたとえばヴァントだと、違うんだよなぁ。 ヴァントはヴァントでもちろんいいけど、もっとキビキビしてて、とてもこんな長閑な風情じゃない。 ぼくは、どちらかと言えば朝比奈の、ふよーんとしたブラームスを好む。 たとえそれが西洋の伝統からは逸脱した異端の、あたかも洋食のようなブラームスであったとしても。

 ひょいっと京大に入れるくらい頭が良く、容姿と人望にもすぐれ、なにより音楽が好きだった明治生まれのこのインテリ青年は、時代が求めた天才というわけではけっしてなかったけれども、時代が求めるままに指揮者となって、大阪フィルを創設、関西財界への太い人脈をフル活用し、半世紀にわたって指揮台に立ち続けた。 宇野功芳の言うとおり、偉大なるアマチュアが、風格と長生きだけで一代を築き上げたのだ。

 異例の経歴をもつ異端の指揮者だったはずの朝比奈だが、どういうわけか聴衆は彼に正統ドイツ音楽の継承を求め、朝比奈もよくそれに応えた。 没後15年目を迎えてなお、ベームのような忘れられ方はしていない。 今も若いファンが彼の遺した録音を聴いている。 なんという幸福な、もしかすると20世紀に生きた指揮者という指揮者の中で、もっとも幸福な指揮者人生を歩んだ人かもしれない。

 きっともう、こんな指揮者は出てこない。 日本にも、もちろん世界にも。

 「もうずいぶん長く会ってないな。

  本当なら一緒に飲みたいとこだが、一本贈るから。

  ま、君は君でやってくれ」

SUNTORY WHISKY Reserve お歳暮 朝比奈隆 1984

※1 宇野功芳 "現代に巨匠は存在するのか"、クラシック現代の巨匠たち:音楽之友社(1994)P10

※2 鶴我裕子 "逃げまくりの二六年"、朝比奈隆 最後のマエストロ:河出書房新社(2002)P177

楽は三十三間堂に満ちて

クラシック音楽

 フジ三太郎には月見ソバがよく似合うと言うが、

 ブルックナーには仏像が似合う。

 先日、京都に来た知人といっしょに、三十三間堂へ行きました。

 三十三間堂なんて、ぼくも小学校の修学旅行以来だったんですけど、いや最高ですよここ。 観光名所としては清水寺金閣や二条城に比べて地味であるものの、京都駅から近くアクセスもいいし、自家用車で行ってもなんと40分以内なら駐車無料 (他の神社仏閣では考えられない!)。 拝観は靴を脱いで上がりますが、下駄箱が設置されていて、よくある靴袋に入れて出口まで持ち歩くスタイルではない。 あれ個人的に苦手なので。

 それよりなにより、堂内に配置された1001体の千手観音像は、本当に圧巻で、息をのむ光景です。 はっきり言って 「これ考えた人、頭大丈夫か」 レベル。

 「とりあえず仏像いっぱい作って並べたらなんかみんな幸せになる気がする」

 というヤケクソじみた、しかしどうしようもない、人の悲願を感じます。

 この1001体の観音像は一体一体すべてが違ったお顔で、公式サイトによると

 >観音像には、必ず会いたい人に似た像があると伝えられています

 という妙にロマンティックな一文があったりします・・・そ、そうかな・・・

 で、ロマンティックつながりではありませんが、ぼくがこの1001体の仏様を見ながら考えていたのはブルックナーのことでした。 というより、いつの間にか頭の中で勝手にブルックナーが鳴り出していました。 第8番のアダージョが。

 あっ!

 ブルックナー仏教美術、親和性が高い!!

 天啓のようにそう感じ、帰ってすかさず 「ブルックナー スペース 仏教」 でググってみても、チェリビダッケ禅宗仏教徒だったという例の話が出てくるばかり、仏像を眺めていたらブルックナーが聴こえてきた、というような証言はあまり得られません。

 チェリビダッケといえば、EMIから出ていたブルックナーのCDジャケットは南禅寺の石庭でした。 でも石庭からブルックナーは、ぼくにはあまり聴こえない。 やはりどうも、仏様のあのお姿なのです。

 またあるとき、片山杜秀さんの評論を読んでいたら、モーツァルト40番第二楽章のある部分で 「蓮華が開いていくような感じ」 を体験した、ということが書いてありました。 でもモーツァルトやバッハから仏教的感覚を聴取したことは (いかにもありそうな話ですが) ぼくはまだない。やはりどうも、ブルックナーなのです。

 8番のアダージョでいうなら練習番号G (109小節) からの、ホ長調ト長調変ロ長調へと転調しながら静かに高揚してゆくあの感動的な部分、まさに蓮の花が開いていくような、仏様の半眼のまなざしが自身と宇宙を見通していくような、そんな超感覚につつまれます。

 このブルックナー仏教美術の親和性に気づいてから、ぼくはブルックナー鑑賞も、仏教についての興味関心も、どちらも今まで以上に面白くなりました。

 ぼくが習っているピアノの先生は、三味線も教え子を持つほどの腕前で、「ピアノを弾いているからといって西洋ばかりに偏ってはいけない、和洋どちらも吸収することで見えてくるものがある」 とおっしゃっていました。 なるほどこういうこともあるのかと、しみじみ感じています。

 そういえば、東京の築地本願寺にはパイプオルガンが設置されているそうで、行ったことはありませんが、ぜひ見て聴いてみたいものです。

 そして日本のオーケストラ各位には、わざわざ遠く聖フローリアンまで行かずとも、日本のお寺のお堂でブルックナーを演奏してみていただきたい。 仏教伽藍に鳴り響くブルックナー、きっとものすごい風景が顕れるに違いないと確信します。

 そう思って曼荼羅を見つめながら耳を傾けていると、たとえば第9番のブルックナー開始における低音のユニゾンも、本堂に響き渡る僧侶たちの読経に聴こえてきませんか?

 「こねーよ」 というたくさんの声が聴こえてきそうですが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

猛暑日と田園交響曲 ~ 過剰な人工の楽園都市NO.6

クラシック音楽

 毎日暑いですね。

 せめて音楽だけでも避暑したいと思い、棚から取り出してかけたCDがベートーヴェンの 「田園」 だったりすると、もうだめだ。

 あ、暑い。 そして過剰だ。 この交響曲は。

 これまでに幾度もトライはしているのだが、ベートーヴェン交響曲の中では、いまだにどうもこの作品が苦手で、 「田舎に着いたときの晴れ晴れとした気分」 にちっともならない。

 標題とは裏腹の、ぎっちぎちの構成、徹底的な動機展開と執拗な反復、筋肉質で骨太なサウンド。 息がつまる。 やっぱり 「田園」 は 「運命」 とコインの裏表、作品68と67だけあって、出力というか変換の仕方が違うだけで元は同じの、双子の交響曲なのだ…。 どちらも異常に密度の濃い、過剰な音楽。 「運命」 では作品の方向性にうまく合致していたその過剰さが、 「田園」 ではテーマとの間に齟齬をきたしているように思う。

 これでは晴れ晴れとした気分どころか、休日に混雑した行楽地へわざわざ疲れに行くようなものだ。

 第一楽章の最初からもう過剰で、ザザザザザという弦楽器群の響きも木々のざわめきというより、人いきれの熱気のように暑苦しい。 何回繰り返すねんと言いたくなるタッタララッタの動機。 真夏に聴いてると提示部だけでバテそうだ。 さすがにほとんどの指揮者はここの反復をカットするけれども、たまにやる人がいて、熱中症が心配される。 パーヴォ・ヤルヴィもリピートしていた。 や、やめてほしい。

 「田園」 で指揮者に要求される (というか、ぼくが勝手に望む) のはこの緊密で暑苦しいスコアを聴衆にはそれと感じさせず、いかに軽やかに爽やかに、クールに鳴らすか、ということに尽きる。

 一方で、この過剰かつ筋肉質な音楽は、聴き手であるぼくにベートーヴェンの見た情景とは違う、ものすごく人工の自然、人間の手が入ったリゾートランドな風景を映し出す。 あるいは郊外にある巨大でピッカピカなイオンモールのエントランスを。

 人為的な自然公園、家族で一日遊べるショッピングモール、おおいに結構。 多くの人が愛でる自然とはけっきょく人間による整備の行き届いた自然のことだし、お盆休みともなればイオンは家族連れでごった返す。

 2015年にぼくたちが 「田園」 をとおして見る風景は、ベートーヴェンが見て、感じたものと同じではあり得ない。 そもそもベートーヴェンがこの交響曲について 「絵画的な描写ではなく、感情の表出である」 と書き記しているのだから。 現代のぼくたちは現在のフィルターで、いかようにも受け取れるはず。 第四楽章なんて完全にゲリラ豪雨そのものだしな。

 ともあれ、ぼくはこの夏も行ってみたいイベントのひとつやふたつあったものの、そのイベントに行きたい気持ちよりも帰りの大混雑がイヤな気持ちが勝ってしまうので、部屋で 「田園」 を聴いてるくらいがちょうどいいのだろう (か?)。

 最後に、嘉門達夫のこの歌を。

旅行から帰ってきたら

お母さんは必ず言うのさ

「やっぱり家がいちばんね」

ほな始めから旅行行くな

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 でも水着のおねーちゃんは見たい

ニュー・ホライズンズの冥王星最接近に寄せて

日記

 3時間ほど前の日本時間午後8時49分、探査機ニュー・ホライズンズが予定どおり冥王星の最接近に成功しました。

 ニュー・ホライズンズ冥王星から1万2000キロというごく至近距離まで近づいたものの、通過時の速度は時速4万5千キロというとんでもないもので、そのスピードで直径2千キロあまりの冥王星を横切るわけですから、日常の感覚にすると新幹線の窓から通過する小田原駅のホームの様子を観察するようなものかもしれません。

 これはぼくの勝手な想像というか推測ですが、この探査プロジェクト関係者の中には、ニュー・ホライズンズ冥王星フライバイさせるのではなく、その表面にランディング (というか、激突) させたかった人が少なからずおられるのではないでしょうか。

 途中、木星に立ち寄ったりしたとはいえ、ニュー・ホライズンズはほぼ 「冥王星専用機」 なわけですし、なによりこの星を発見したクライド・トンボーの遺灰が積まれた機体なのです。 表面に衝突すれば彼の遺灰はほとんど未来永劫、冥王星に保存されることになるはずです。 文系的な発想としては、最高の物語です。

 いや、でも、それはないな、と。 もちろん膨大な予算が投入された探査計画であり、ニュー・ホライズンズにはまだ太陽系外縁部の調査という重要な任務がありますから、冥王星に着陸などというのはあり得ない話です。 それより、そもそものトンボー氏はどう思うだろうか、と考えました。 自分が発見者となった星まで到達することができ、文字どおりそこに骨をうずめたいと願うか、それとも天文学者として宇宙の果てのもっと果てまで行ってみたいと思うか。 やっぱり、後者のような気がします。

 地球を発って9年半、数十億キロの旅の果てにようやく会えた冥王星はほんの一瞬で過ぎ去りました。 二言三言、声をかける時間もあったでしょうか。 いつものように手をつないでダンスしていた冥王星カロンのほうも、突然現れて消えて行った闖入者にさぞかし驚いたことでしょう。

 ひとまずおつかれさまでした。 これから君が少しずつ送ってきてくれる、たくさんのエキサイティングな写真を、みんな楽しみに待っていますよ。

 だけどジェニー あばよジェニー

 俺は行かなくちゃいけないんだよ (沢田研二「サムライ」)