遠すぎた一億五千万キロ

 

 過日。新幹線で東京へ向かう車中、あまりに良い天気だったため、スマホも見ずに飽きることなく空と景色をずっと眺めていたのだが、ふと、この速度であの太陽まで行ったらどのくらいの時間がかかるのだろうか、と思った。

 

 計算は簡単で、地球から太陽までの距離=1天文単位は約1億5000万キロメートル。新幹線の速度は時速300キロとしよう。1億5000万を300で割ると50万。つまり所要時間は50万時間である。50万時間を日に直すと約2万800日。2万800日を年に直すと約57年。答えが出ました。新幹線の速度で地球から太陽までは57年かかります。

 

 え、57年?

 

 ぼくは今45歳ですが、ぼくが生まれてからずっと、遠い遠い記憶の幼稚園、小学校中学高校、その後大人になってからの長い長い時間をこの猛烈な速度でノンストップで走り続けて、まだ全然到着できてない?? 太陽、遠すぎません???

 

 電卓は嘘をつかないし、太陽までの距離も子供のころから知っていたけれども、それでもこのスピードだったらなんとなく、まあ数ヶ月から長くて数年で着くんじゃない、と思わせるパワーが、新幹線の座席から伝わる轟音にはあった。だから、あらためて計算してみた答え=57年は衝撃すぎた。アンドロメダ銀河まで250万光年と言われてもスケールが大きすぎてどのくらい遠いのかまるでピンとこないが、いま自分が新幹線の車窓から見ている電柱や家やビルがひゅんひゅん後方へすっ飛んでいくこの速度はおそらく日常生活で体感できる最速のもの(飛行機は高高度なのでさほどスピード感がない)で、これで不眠不休で走って57年というのは、「実感」として遠すぎる。毎日見えているあの太陽が、そんなに遠かったなんて。

 

 思い起こされるのは若き日の恋。君はぼくにとっての太陽だった。あと少し、ほんの少しだけ手を伸ばせばもう君に届くような気がしていたのに、それはぼくの思い込みにすぎず、君とぼくとの間には1億5000万キロよりもっともっと遠い、はなから届くはずのない距離があったのだね…… だね…… だね……

 

 と著しく余計なことを考えてしまったのでぼくはさっさと電卓アプリを閉じ、現実に戻るべく東海道新幹線弁当の封を開け、ペットボトルの静岡茶をぐいと飲んだのであった。新幹線は小田原駅を時刻どおりに通過していた。