宮本浩次『縦横無尽』ツアーに行ってきた話

 

 宮本浩次の歌はすばらしい。

 

 椎名林檎をして「日本を代表する銘器」と言わしめる宮本浩次の声。強く太く、繊細で伸びやかで、なによりも、澄みわたった秋の空のような透明感をたたえるあの声。この透明感こそ、宮本浩次の歌を唯一無二たらしめる大きな要素だと、ぼくは思う。

 

 宮本浩次は嘘がつけない・嘘が歌えない男である。その不器用なまでの実直さゆえ、ときに軋轢を生んで騒動になってしまうことがあっても、それこそが彼が信頼できる表現者である証であると、ぼくは思う。

 

 だから宮本浩次は、エレファントカシマシとしてのデビューから現在のソロ活動に至るまで、もうずっと、あきれてしまうほど「たったひとつのこと」だけを歌っている。レコード会社を移籍しても、プロデューサーが入っても、打ち込みを多用しても、いかなる装飾を施そうとも隠せない圧倒的な歌の才能と存在感があり、その一点において驚くほどブレがない。宮本浩次の歌はいつもど真ん中で宮本浩次の歌である。

 

 ソロデビュー以来、スカパラ、椎名林檎、横山健らとのコラボを次々と成功させ、さらに『ハレルヤ』『冬の花』『夜明けのうた』といった国宝級の名曲を休むことなく繰り出す底知れぬ才能でソロ最初のアルバム『宮本、独歩。』を世に問い、女性ボーカル曲をカバーした2枚目のアルバム『ROMANCE』では、それまで宮本浩次を知らなかった世代にもその凄味のある歌唱力を知らしめた。ぼくの実家の父親(演歌しか聴かない)が、テレビに出ていた宮本さんを指して「こいつ、歌うまいねん」と感心していたほどだ。

 

 そして満を持して昨年10月にリリースされたソロ3枚目のアルバム『縦横無尽』。これがまた、ここへきてキャリア最高傑作を更新していると言わざるを得ない作品であった。「自信がある。聴いてくれ」のコピーは伊達ではない。

 

 1曲目『光の世界』で意外なほど静かに優しく幕を開けるこのアルバムは、初期スマッシング・パンプキンズを彷彿させる硬質サウンドの2曲目『stranger』で一気にボルテージを上げ、階段を一歩ずつ踏みしめながら上っていくようなBメロがたまらなく感動的な『この道の先で』、歌謡曲とロックミュージックの魂が融合した『浮世小路のblues』、多幸感あふれる月夜の散歩ソング『十六夜の月』と、これまた重文指定級の名曲が畳みかけるように投下され、柏原芳恵のカバー『春なのに』でようやく一息、後半も新機軸に満ちた意欲的な楽曲がテンションとクオリティを保ったまま続き、ラストの『P.S. I love you』まで一気に駆け抜ける。ぼくが千鳥ノブならアルバムの中盤でもう「ちょっと待てぃ!」ボタンを押して「お前はとんでもないもんを作ったど」と言いたいレベルである。いやー、どの曲もいいけど『stranger』本当にかっこいいすよね。

 

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 前置きがたいへん長くなったが、そんな宮本さんの縦横無尽47都道府県ツアー@三重に行ってきた。ちょっと前までは一年に一度はエレファントカシマシのコンサートに行っていたのに、遡ってみるとなんと2017年3月の大阪城ホール以来、5年ぶりに聴く宮本さんの生歌である。コロナ禍があったとはいえ、こんなに日が経っていたとは思わなかった。

 

 ライブは最高だった。どの曲が良かったとか語る気にならないくらい、良かった。宮本さんはほとんどギターを持たず、ずっとハンドマイクで歌っていた。そうだこれでいい。宮本浩次はハンドマイクが圧倒的にかっこいい。

 

 生でステージを見てやっと気づいたことがあって、エレファントカシマシのときは宮本さんがボーカルもとりつつバンドのアンサンブル全体を監修・主導しなければならないが、このツアーでは本邦指折りの手練の面々がギター、ベース、ドラムを務め、司令塔・小林武史がそれを統括することで、宮本浩次が歌だけに集中できる環境がととのえられているのだ。凄腕の演奏陣が宮本浩次という才能に全てを捧げ、宮本さんは最高の歌唱でそれに応える。そういうことだったのか! なんという贅沢な……。

 

 「ゆこう ゆこう 大人の本気で さあ立ち上がろう」

 「愛って何だかわかった日が きっと新たな誕生日」

(『P.S. I love you』)

 

 こんな歌詞を照れなく真っ直ぐに歌う55歳の宮本さんと、それがすっと胸に落ちてくる45歳のぼくがいる。あれもこれも手に入れたかった青春時代ではもうない。でも流れ流れて漂う今も捨てたもんじゃない。大人の旅路は着の身着のままがいい。本当にそうですよね。

 

 宮本さんがソロデビューすると聞いたとき、ぼくは実のところ少しだけ抵抗を覚えたものである。え、今さらソロ? と。しかし宮本浩次ソロのコンサートを見終えて今、めちゃくちゃ好きなエレファントカシマシのことを少しだけ忘れそうになっていた。いや忘れてないけど、それくらいすごいものを見せられて今でも余韻が抜けない。

 

 開演直前、1階16列の席から後ろを振り返ると、キャパ1900の三重県文化会館大ホールが3階まで満席になっているのが見えた。みんな普段の日常ではどこにいらっしゃるのか分からないが、二十代の若者から六十七十とお見受けするシニアまで、こんなにも多くの老若男女が宮本浩次の歌を必要とし、今ここに集まっている。ぼくはそれだけで、もう胸がいっぱいになってしまうくらいうれしかったのである。

 

 ステージから何度も頭を下げる宮本さんに、今更だけど感謝してるのは俺の方だぜ……と言いたかったのは、きっとぼくだけではない。

 

 浮世小路の俺たちには、真実のあなたの歌が必要だ。

 

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 P.S. 小林武史さんが思ってたよりデカくてびびった