このアンダンテは寂しすぎるから……

 

 モーツァルトのピアノソナタK.545。誰もが知ってる有名な第一楽章アレグロに続く、第二楽章アンダンテがとてもとても好きだ。

 このアンダンテは、人生である。右手のメロディも一見明るく、左手はドソミソドソミソ。練習曲のような平明さに見えながら、モーツァルト晩年の作品だけあって、とてつもなく深い音楽であり、最初の1音から人生の終わりに秋の空を見上げるような寂寥感が漂う。ピアノ初級者でも弾けるシンプルな音符で、なぜこんな音楽が書けるのだろうか(なので、本当は初級者に弾きこなせる曲では到底ない)。

 あまりにも美しく、あまりにも寂しい。ゆえにぼくはフリードリヒ・グルダの演奏を聴く。楽譜どおり弾くと寂しくてたまらないこのアンダンテに、グルダは得意の自在な変奏と装飾音を加え、まさに夢心地の境地を音にして聴かせてくれるのです。

 人生は短く、儚いものかもしれないが、だからこそ、今の愛おしい瞬間を大切に生きなければいけない。グルダのこの演奏は、そう語りかけてくれているように感じる。相変わらずイカすぜおっさん。