常に正しい音に行く

 

 藤井聡太九段が竜王タイトル戦で勝利したときのAIによる悪手率分析が全4局のうち第2局〜第4局で驚異の0.0%だったらしい。無数に存在する「次の一手」の可能性の中から、常に最善手を見つけ出して打っているのだ。

 

 「まるで神様に電話して聞いたとしか思えない」。こう語ったのは大指揮者のレナード・バーンスタインである。これは藤井君の将棋ではなく、ベートーヴェンの音楽について言っている。

 

 バーンスタインいわく、

 「メロディ、ハーモニー、オーケーストレーション、ベートーヴェンはそのどれに並外れているわけではない」

 「(第7交響曲の第2楽章をピアノで弾きながら)メロディは『ミーミミミーミーミーミミミー』。ハーモニーは『Am-E-E7-Am』。子供でも書ける」

 

 では何がすごいのかと言うと、

 

 「次の音が必ず正しい音(right next note)に行く。すべてが不確定な中で、常に正しい音がきている。こんな作曲家は他にいない。モーツァルトにもできないことだ」

 

 そしてその「正しい音」ゆえに形式(form)が完璧となり、ベートーヴェンの音楽においては形式こそが全てである、と言う。

 

 「まるで次の音をどうすべきか、天国の神様に聞いたとしか思えない。彼が自らを追いつめ、苦闘した成果なのだろう」

 

 将棋の話で言えばベートーヴェンの悪手率も0.0%であり、最初の音から最後の音まで常に最善手が選ばれていることになる。なるほど興味ぶかい。そういえばこの人の音楽は一聴すると特になんということはないのだが、あとからじわじわすごさが分かってきた体験が何度もある。

 

 もちろんベートーヴェンの部屋に神様への直通電話などなかったはずなので、ああでもないこうでもないと気が狂いそうなくらいの推敲の積み重ねを繰り返し彼は「正しい音」を探し続けたのである。日常を生きていると悩ましいこともまあそれなりに多々あるけれども、ベートーヴェンの苦闘に比べればまだ全然たいしたことはないな、と思う今日このごろであった。

 

 ※ぼくが見たのはもちろん日本語字幕つきでしたが……