宇野功芳指揮の第九が聴ける日が来るなんて…。
2015年7月4日(土)いずみホール
宇野功芳(指揮)
丸山晃子(S)、八木寿子(A)、馬場清孝(T)、藤村匡人(Br)
シンフォニーホールで大阪フィルとやった 「すごすぎる世界」 から十年、あのときはまだまだ壮年の印象が強かった宇野さんも、すっかりおじいちゃん。
今回、演奏については細部がどうこう言うより (下にあれこれ書きましたけど)、ぼくはただただ感慨無量、プロオケとプロ合唱の安定感のもと、青春の 「功芳の第九」 を堪能いたしました。
フィデリオ序曲では椅子に座っていた宇野さん。 第九になると立って指揮、とくにヴァイオリンに指示を出すときなど、コンマスの鼻先に指揮棒がつきそうなくらい身を乗り出して、もう元気元気。
ざっくり感想を述べると、新星日響との1992年盤ではキツすぎたデフォルメのいくつかがより標準に近いスタイルに修正されながらも、ここは譲れないんだ、これが俺の第九なんだというこだわりと執念の85歳による美しい情熱の結晶でありました。
以下ネタバレ
第一楽章
・冒頭、安定のpp無視・第一主題の終わりあたりからまさかの加速
・序奏が回帰するところで再び遅いテンポに戻るも、92年盤でギアをいきなりガクンと落としていた展開部へは、予想外に速いテンポで突っ込む
・再現部は待ってましたと言わんばかりのケレン味たっぷり、大見得を切るようなティンパニのうねり
・92年盤でオクターブ上げてた416、501小節の第一ヴァイオリンは楽譜どおり
・コーダ最後の決めはおなじみのやつ、ただテンポはわりかし速い
第二楽章
・出だし、まとも・反復はすべてカット
・トリオ最後の思い入れじゅうぶん
・かわいい終結
・全体的にまとも
第三楽章
・白眉・運命のファンファーレ、なんかスタッカートがないところも短く切るのが若干、気になる
・終結部、弦が泣いて、泣いて、ぼくも泣いた
三楽章終了後、合唱団入場。 ぼくはアダージョ最後の音が終わってからプレストへはすべからくアタッカで突入すべきマンなので、ちょっといただけない。 拍手もパラパラ起こってしまっていたし、やや流れが分断された感はある。 あれだけの人数 (40人くらい) ならソリストと同じく終楽章開始後、それこそ歓喜主題の合奏中に入場とかでもおもしろかったのではと思いはするものの、もちろんそんなことは宇野さんも考えているはずで、様々の形を検討した結果これがベターと判断したのだろう。
朝比奈隆はソリストも合唱もともに第一楽章から音楽を体験するべき、と考え、最初から全員が舞台上にいた。 宇野功芳は声楽陣のコンディションを第一に考えて直前で登場させる。 どちらが正解ということはない。 どちらも正しい。
第四楽章
・低弦の叙唱はテンポどおり。 速い速い・予告どおりアダージョの回想は弦がやる。 とてもよかった。 他の指揮者もやったらいいと思う
・遥か空の彼方から聴こえてくるバス歓喜のppppppp。 ああこういうことだったのか…と感動
・全合奏で 「間」 をとるのは92年盤と同じ
・バリトン、バルコニー席から登場。 おもしろい
・「神の前に」 ティンパニはリタルダンド、フェルマータはわりと短め
・行進曲のさいごでアクセル踏んでフガートに入る
・二重フーガも超スローな92年盤よりはずいぶん速い
・コーダ。 マエストーソから速くして最後のプレスティシモへテンポを合わせるところ、快速ながらアンサンブルに配慮していた新星日響のときとは違って、なりふり構わず爆音で突き進む。 決まった
オケは第一ヴァイオリンが約10人の小編成だったが指揮者の棒によく応え、アツい演奏を聴かせてくれた。 ぼくは4列目ほぼセンター、指揮台が目の前という文句のない席だったけれど、頭上を超えて行ってしまうのかチェロや金管の音が思ったほどには飛んでこず、第一楽章再現部などはちょっとだけ物足りなかったかな。 でもそんなのは些末なこと。
「最高の第九」 ではないかもしれないが、「最高な第九」 だった。
終演後はロビーでサイン会 (とくに何も買わずとも参加できた) が開かれ、たくさんの人が長い列を作っていた。 アイドルの握手会のような屈強なボディガードもおらず、時間制限で引き離されることもない、ほんわかとした雰囲気の中、みんな本当にうれしそうに宇野さんとお話されていた。 ぼくも、舞い上がりながら一言だけお礼を述べさせていただいた。
なかば強引についてきてもらった知人はクラシックにまったく明るくなく、宇野功芳もきょう初めて知った、という人だったがホールを出て 「おじいちゃんかっこよかったし、音もすごくあたたかくて、でも最後はすごく燃えて、感動した」 と語った。 うむこれに付け加えるべき言葉はなにもない!