夢と魔法と現実と

 

 待ちに待った中学の修学旅行、目的地は花の都・大東京。ぼくたち生徒のテンションの上がりっぷりやものすごく、行きのバス車内は狂乱の騒ぎであった。

 

 初日の東京ドーム見学でいきなり現地ガイドさんから「こんなにまとまりのない学校は初めてですよ!」と標準語でめちゃくちゃに怒られ教頭以下引率教諭陣の面目を丸つぶしにするなど問題行動の多いザ・田舎の中学御一行様たる我々であったがそれもそのはず、みな翌日のディズニーランドが楽しみすぎて心が浮き立っていたのである。

 

 そこに行けばどんな夢も叶うと言うよ。誰もみな行きたがるが遥かな世界。夢と魔法の王国、東京ディズニーランド。二日目の日程は丸々ディズニーランド周遊に充てられていた。明日は夢と魔法にまみれ、思う存分に遊びたおすのだ。窓から両国国技館が見えるホテルでガイドブック片手に明日のアトラクション攻略順など綿密に打ち合わせ、深夜まで興奮気味に暴れまわったあと、眠りについた。

 

 翌朝。胸いっぱいに期待をふくらませTokyo Disneylandのゲートをくぐった一行の目に飛び込んできたのはしかし、どんよりした灰色の幕で全体が覆われたシンデレラ城の姿であった。1992年5月当時、シンデレラ城はなんたることか「改修工事中」だったのである。

 

 夢と魔法のシンボルが灰色の現実にすっぽり覆われている状況を前に力なく立ち尽くす我々。この上もし「工事中につきご迷惑をおかけしています」の立て看板や「(株)大林組」など現実きわまりない文字列に遭遇したら、いったいどういう気持ちでそれを見つめればいいのか。というか改修くらい魔法でなんとかせえや。

 

 そんなわけで本来ならシンデレラ城をバックにするはずの記念写真も、ぼくらの代だけ変な広場みたいなところでの撮影となり「……これディズニーランドのどこ?」という有り様。ピザを食べ、魔法のステッキを買い、アトラクションに並び、必死にワンダーランドへと逃れようとするぼくらではあったが、あいにくパークのどこにいても否応なしに視界に入ってくる灰色の現実が影のように追いすがる。出木杉くんが言っていたとおり、魔法世界は科学文明の前に敗北していた。ビッグサンダーマウンテン90分待ちにくたびれ果てた身体をバスの座席に沈め、一行はほうほうの体で東京ディズニーランドをあとにしたのであった。

 

 あの日見た灰色の現実を胸に、ぼくたちは高校受験という人生最初の試練に立ち向かって行った。そしてぼくはこの時を最後に、以来28年間一度も東京ディズニーランドを訪れることなく今に至る。チンカラホイ。