「ターミネーター」と書かれたそのエロビデオ

 

アダルト動画サイトなどもちろん存在していなかった平成初めのころ、リビドーをもてあます男子中学生だった我々はエロ本にも成年コミックにも飽きたらず、とにかく「動くエロ」が見たくて見たくてしょうがなかった。男子中学生とはそういうものである。

 

アダルトビデオの入手はあまりにハードルが高く、ある者は友人の兄貴からダビングしたブツの確保に成功し、ある者は親の目を盗みつつ当時まだおおらかだった深夜のエロ番組録画に文字どおり精を出し、またある者は「アニメなら大丈夫だろう」とレンタルビデオ店で堂々と『妖獣教室』をレジに持ってって「これ子供には貸せないんですけど」と追い返されたり、皆それぞれに研鑽努力を重ね映像のエロコンテンツにアクセスしていたのだ。

 

エロなビデオテープは、その保管場所が最大の問題となる。学習机の引き出し下にある僅かなスペースにラベルのないVHSのビデオテープがこっそり置かれてあろうものなら、見るまでもなく中身はおセックス満載の不健全ビデオに決まっている。そして学校から帰ってきてふと見るとそのビデオテープが机の上に置かれてあったりして背筋の凍る思いをするのだ。なぜに世の母親は息子のエロメディアを発見すると押収するのでなく机に置いて去るのであろうか。

 

なので、エロビデオ一本だけを自室に隠すのはどこにどう隠したとしてもリスクが高い。となれば、木を隠すなら森、怪しまれない適当なタイトルを貼って他のビデオテープとともにラックに並べておくのが実はいちばん安全なのである。

 

友人の松下(仮名)などは、この方法で堂々と自宅リビングにエロビデオを保管していると宣言し我々を驚かせた。自分の部屋ならまだしも、さすがにそれはいつ親に見られるか不安じゃない……? と聞くぼくに松下は平然と言った、「ターミネーターって書いてあるから大丈夫」。一同爆笑してしまった。エロビデオのカムフラージュに雑な手書きで書かれたターミネーターという文字列のおかしさ、別に『トップガン』でも『ランボー』でも面白いのだが『ターミネーター』という、テレビでやってたらなんとなく見てしまうけどわざわざ棚から取り出して見ようという気になるのは5年に1回あるかなしの絶妙なタイトルチョイス。これが『ターミネーター2』だとそこまで面白くなかった気がする。

 

そもそも『ターミネーター』本編後半にはストーリー上カットすることができない、わりと濃いめなベッドシーンがあり、あれを家族と見てしまった時のなんとも言えない気まずさを知る者であればわざわざお茶の間でこの作品を再生しようとは思わないだろう。そこまで計算してかどうか定かではないが、T-1000が人間に擬態したように、松下はエロビデオを映画ターミネーターに擬態させることで、スカイネットも仰天の内容を誰にも知られることなく守りきったのである。

 

最近になって松下から聞いたところによると、件のビデオにはテレビ放送で録画した『ターミネーター』が一応ちゃんと入っていたらしい、3倍録画で。そのあと約4時間の空き容量に深夜放送で録りためたウッフン番組が詰まっていたそうである。ご承知のように、この映画のラストシーンは「嵐がやってくる」と告げる少年のセリフに未来戦争が暗示されて終わる。もし松下のターミネーターを彼以外の家族が気まぐれに視聴し、エンドロール後も停止ボタンが押されることなくそのまま再生され続けた場合、突然流れ始めるお色気バラエティおとなのえほん「性感ラビリンス」「あの娘とぽんぽこりん」「興奮AV最前線」といった、本当にとんでもない嵐がやってきたわけで、機械との戦争よりも恐ろしい審判の日が松下に待ち受けていたことだろう。回避されてよかった。映画館で『ターミネーター:ニュー・フェイト』を観ながら、ぼくはそんなことを考えていたのである。