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いちばん行きたいとこは冥王星のプールサイド

クラシック音楽

 グスターヴ・ホルスト組曲 「惑星」 を作曲したのは1916年のこと。

 それから14年後の1930年、カルロス・クライバー宇野功芳が生まれた年に、クライド・トンボ―が太陽系の第9惑星となる冥王星を発見。 新惑星発見の報を受けたホルストは第8曲 「冥王星」 の作曲にとりかかるも、完成させることなく病没。

 70年近く経った2000年、ケント・ナガノから委嘱を受けたコリン・マシューズが 「冥王星」 を作曲。かくして組曲は補完されたかに見えた。

 ところがご承知のとおり2006年の国際天文学連合会議において、冥王星は 「惑星」 の定義を満たしていない、との決議が採択され、冥王星準惑星 dwarf planet に再分類されてしまう。

 

 けっきょく、太陽系の惑星は海王星まで、はからずも、ホルストが最初に作曲したとおりとなった。

 冥王星を "降格" させた決定は正しかったと思う。 科学の判断に人情が入ってはいけない。

 それでもなお、多くの天文ファンにとって冥王星は太陽系最大のロマンであり続けている。 準惑星になったからといって、かの星への興味が薄れることなどなかったはずだ。

 その冥王星に今、NASAの探査機 「ニュー・ホライズンズ」 が、最接近にあと1週間というところまで迫っている!!!

 子供のころ読んでいた宇宙の本には、もちろん冥王星の写真などなく、それは無数の星々の中に矢印で示されたひとつの小さな光の点、または (想像図) としての姿しか見ることができなかった。 太陽系最深部に浮かぶ、地球の月よりも小さいその天体は、ハッブル宇宙望遠鏡の最大性能をもってしても、表面のごくごく淡い陰影をかろうじて捉えるのがせいぜいだったのだから。

 小6だった1989年にボイジャー2号海王星のそばから撮影した鮮明な画像は、本当に感動的で、ぼくはそのときの新聞記事を今でもとってあるけれども、いつか冥王星にもボイジャーのような探査機が行って、こんな写真を見せてくれるのかなあと、ずっとずっと待っていたのだ。

 その心待ちにしていた瞬間がもう間もなく訪れようとしている。

 ニュー・ホライズンズにはトンボーの遺灰の一部が載せられているらしい。 これは、科学にまぎれた人情だ。 でもこの人情は、良しとしよう。

 85年前に彼が見つけた50億キロ彼方の光、その場所までまさか行けるなんて、トンボ―自身も思ってもみなかったことだろう。

 こっちでは間に合わなかったけど、ホルストもきっとあちらで 「冥王星」 を完成させてこの日を待っていたはず。

 「海王星神秘主義者」 のあとに続く長い長い空白がようやく終わり、いよいよシークレット・トラックが鳴り始めようとしている。

 きょうは七夕。 今年だけはベガとアルタイルじゃなく冥王星に、願いをかけたい。

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宇野功芳「真夏の第九」

クラシック音楽

 宇野功芳指揮の第九が聴ける日が来るなんて…。

 宇野功芳/指揮 真夏の「第九」

   2015年7月4日(土)いずみホール

宇野功芳(指揮)

  丸山晃子(S)、八木寿子(A)、馬場清孝(T)、藤村匡人(Br)

  大阪交響楽団、神戸市混声合唱

ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」序曲

        交響曲 第9番 ニ短調 「合唱付き」

 シンフォニーホールで大阪フィルとやった 「すごすぎる世界」 から十年、あのときはまだまだ壮年の印象が強かった宇野さんも、すっかりおじいちゃん。

 今回、演奏については細部がどうこう言うより (下にあれこれ書きましたけど)、ぼくはただただ感慨無量、プロオケとプロ合唱の安定感のもと、青春の 「功芳の第九」 を堪能いたしました。

 フィデリオ序曲では椅子に座っていた宇野さん。 第九になると立って指揮、とくにヴァイオリンに指示を出すときなど、コンマスの鼻先に指揮棒がつきそうなくらい身を乗り出して、もう元気元気。

 ざっくり感想を述べると、新星日響との1992年盤ではキツすぎたデフォルメのいくつかがより標準に近いスタイルに修正されながらも、ここは譲れないんだ、これが俺の第九なんだというこだわりと執念の85歳による美しい情熱の結晶でありました。

以下ネタバレ

第一楽章

・冒頭、安定のpp無視

・第一主題の終わりあたりからまさかの加速

・序奏が回帰するところで再び遅いテンポに戻るも、92年盤でギアをいきなりガクンと落としていた展開部へは、予想外に速いテンポで突っ込む

・再現部は待ってましたと言わんばかりのケレン味たっぷり、大見得を切るようなティンパニのうねり

・92年盤でオクターブ上げてた416、501小節の第一ヴァイオリンは楽譜どおり

・コーダ最後の決めはおなじみのやつ、ただテンポはわりかし速い

第二楽章

・出だし、まとも

・反復はすべてカット

・トリオ最後の思い入れじゅうぶん

・かわいい終結

・全体的にまとも

第三楽章

・白眉

・運命のファンファーレ、なんかスタッカートがないところも短く切るのが若干、気になる

・終結部、弦が泣いて、泣いて、ぼくも泣いた

 三楽章終了後、合唱団入場。 ぼくはアダージョ最後の音が終わってからプレストへはすべからくアタッカで突入すべきマンなので、ちょっといただけない。 拍手もパラパラ起こってしまっていたし、やや流れが分断された感はある。 あれだけの人数 (40人くらい) ならソリストと同じく終楽章開始後、それこそ歓喜主題の合奏中に入場とかでもおもしろかったのではと思いはするものの、もちろんそんなことは宇野さんも考えているはずで、様々の形を検討した結果これがベターと判断したのだろう。

 朝比奈隆ソリストも合唱もともに第一楽章から音楽を体験するべき、と考え、最初から全員が舞台上にいた。 宇野功芳は声楽陣のコンディションを第一に考えて直前で登場させる。 どちらが正解ということはない。 どちらも正しい。

第四楽章

・低弦の叙唱はテンポどおり。 速い速い

スケルツォの否定ではテンポを落とす。 フルトヴェングラー

・予告どおりアダージョの回想は弦がやる。 とてもよかった。 他の指揮者もやったらいいと思う

・遥か空の彼方から聴こえてくるバス歓喜のppppppp。 ああこういうことだったのか…と感動

・全合奏で 「間」 をとるのは92年盤と同じ

バリトン、バルコニー席から登場。 おもしろい

・「神の前に」 ティンパニリタルダンドフェルマータはわりと短め

・行進曲のさいごでアクセル踏んでフガートに入る

・二重フーガも超スローな92年盤よりはずいぶん速い

・コーダ。 マエストーソから速くして最後のプレスティシモへテンポを合わせるところ、快速ながらアンサンブルに配慮していた新星日響のときとは違って、なりふり構わず爆音で突き進む。 決まった

 オケは第一ヴァイオリンが約10人の小編成だったが指揮者の棒によく応え、アツい演奏を聴かせてくれた。 ぼくは4列目ほぼセンター、指揮台が目の前という文句のない席だったけれど、頭上を超えて行ってしまうのかチェロや金管の音が思ったほどには飛んでこず、第一楽章再現部などはちょっとだけ物足りなかったかな。 でもそんなのは些末なこと。

 「最高の第九」 ではないかもしれないが、「最高な第九」 だった。

 終演後はロビーでサイン会 (とくに何も買わずとも参加できた) が開かれ、たくさんの人が長い列を作っていた。 アイドルの握手会のような屈強なボディガードもおらず、時間制限で引き離されることもない、ほんわかとした雰囲気の中、みんな本当にうれしそうに宇野さんとお話されていた。 ぼくも、舞い上がりながら一言だけお礼を述べさせていただいた。

 なかば強引についてきてもらった知人はクラシックにまったく明るくなく、宇野功芳もきょう初めて知った、という人だったがホールを出て 「おじいちゃんかっこよかったし、音もすごくあたたかくて、でも最後はすごく燃えて、感動した」 と語った。 うむこれに付け加えるべき言葉はなにもない!

言葉なき歌、または宮崎駿は説明しない

映画

 ☆ アカデミー賞受賞記念 ☆

 宮崎駿といえば活劇の人で、カーチェイスや飛行シーンにおいてその非凡なセンスが発揮されるのは万人の知るところであるがそれ以上に彼は何気ない、そう本当に何気ないカットに詩情をこめるのが上手いと思う。

 『天空の城 ラピュタ』 でぼくがいちばん好きなシーンは、パズーとシータがラピュタを後にして、遠ざかっていくラピュタをただじっと見送るあの場面。 だんだん小さくなり見えなくなるラピュタと、それを見つめる二人のカットが、実に4回もの切り返しを重ねて丁寧に丁寧に描かれる。 この間、音楽が鳴っているだけで、二人は一言も発しない。 しかしこのパズーとシータのまなざしに万感の思いが込められていることは、観客の全員が承知していることだ。

 ここでもし 「さよなら…ラピュタ…」 なんてセリフを言わしてたら、もう一気に興醒めのぶちこわしで三流作品に堕ちるところですよ。 正しく沈黙は金。

 宮崎映画の登場人物は、ここぞという時には黙る。 『となりのトトロ』 のあの日本映画史に残る名カット、サツキが初めてトトロに出会うバス停のシーンでも、セリフのない時間が長く続く (ここでは音楽もない)。 ようやく口を開いたサツキは傘の使い方について二言三言話すだけ。 いやもっと他になんか言うことないんかと。

 ぼくの大好きな 『魔女の宅急便』 のラストでは、キキに魔法の力が戻ったのにジジは 「ニャー」 としか言わない。 ここは解釈の分かれるところで、キキが成長した暗示としてジジとは話せなくなったと見るか、観客にはニャーとしか聞こえないけどキキには以前のように人語が聞こえていると見るか。 ぼくはキキの反応からして前者だと思う。

 宮崎駿は、余計な説明をさせない。 なぜなら粋じゃないから。 ポルコ・ロッソがなぜ豚になってしまったかという謎は本来あのフィルムにおける最大の関心であるはずなのに、そこには一切の言及がない。 なぜ千尋がこの豚たちの中に両親がいないことが分かったのかについても、何も語られない。 粋じゃないから。 ぼくはそういった演出のあれこれに、この監督の 「そんなこといちいち俺に言わせるなよ」 という照れと 「分かるやつだけ分かればいいんだ」 という尊大ともいえる絶大な自信とを、同時に感じる。

 北野武の映画も、もともとはそういう 「無粋な説明」 を省いたクールさが売りのひとつだったのにどういうわけか、本当にどういうわけか 『HANA-BI』 から過剰に説明的なセリフが乱発されるようになり、おかげであの映画はラストシーンだけが見どころの出来の悪いメロドラマになってしまった。 世界というマーケットを見据えて分かりやすい方向へと日和った結果なのかどうかはともかく、 『ソナチネ』 までの無愛想な作風にしびれた者としてはなんとも気恥ずかしいというか、にわかに受け容れがたい転向ではあった。

 『風立ちぬ』 を観る限り、この映画作家は往時の才能にまったく衰えを見せていない。 しかし宮崎駿は、北野武のような変節に至る前に自ら長編から身を引いた。 それはとても賢明な判断であったろう。

【京都ちょっといい店 ②】 すしてつ先斗町店

京都ちょっといい店

 京都ちょっといい店シリーズ第2弾は、またしても寿司。

 お寿司好きなんです。

 しかも京都だっつってんのに江戸前とかもうね。

 「すしてつ 先斗町店」 (特に公式サイトはないようです)

 三条大橋のたもとから先斗町へちょっと入ったところにあるこの 「すしてつ」 という店、検索すると大阪のほうにも支店? があって、どこが本店なのか判然としない。

 ここは、回らないお寿司である。 が、恐れることはない。 一貫が100円という比較的良心的な価格だ (ただし一回の注文で二貫が提供される) 。

 板前さんは皆、髪を刈り込んだいかにも職人然とした方ばかりで、カウンター席に座ると差し向かいで注文しなければならないため、コミュ障のぼくなど最初はびびったが、カウンター内には常に複数の板前さんがおり、常にそれぞれの席に気を配ってくれているから、すぐに慣れる。

 お寿司は皿ではなく、ちゃんと笹の葉の上に並べて置かれる。 これが回転寿司に慣れているぼくにはとっても新鮮で、食欲がそそられる。

 少し値の張るおすすめメニューもあり、ぼくが今回、ちょっと覚悟を決めて注文した生ウニは二貫で650円くらいだった。 とことん舌の上で反芻して3分くらい余韻を味わった (650円でこのありさまである) 。

 店内からは鴨川が一望でき、なかなか情緒のあるロケーションになっている。

 お寿司も小ぶりでかわいらしく、女性にすごく喜ばれるんじゃないかと思うイチオシの寿司屋ですよ (個人差があります) 。

人類がいなくなったヴィヴァルディの 「春」

クラシック音楽

 中学一年のとき、音楽の授業でヴィヴァルディの四季から 「春」 の第一楽章を聴かされ、その感想を書きなさいと言われた。

 ぼくがクラシック音楽に開眼するのは中学二年まで待たなければならず、そのときはまだ音楽鑑賞を積極的な趣味にすらしていない段階だったので、感想を書きなさいと言われても何をどう書けばいいかさっぱり分からなかった。 ただなんとなく心地よい曲だとは思ったので 「春らしいさわやかな曲だと思いました」 とかなんとか一行だけ書いて提出したような記憶がある。

 さて大人になってみて今、果たしてぼくはこの曲について 「春らしいさわやかな曲だと思いました」 以外に語る言葉を持たないのである。 なんという体たらくか。

 ヴィヴァルディがいたくお気に入りの上司が、年始の職場で一日じゅう 「春」 を延々繰り返し流していたことがあって、そのとき何十回、何百回と聴きながら考えてみてもやはり同じだった。

 この曲には、感情を投影する余地がない。 感傷の入り込む隙がない。 モーツァルトベートーヴェンを聴くときとは違う。 ブルックナーを聴くときとも違う。 モーツァルトベートーヴェンの紡ぎ出す激情にぼくたちはすんなり自分の気持ちを投影できるし、ブルックナーには神の御業を仰ぎ見る人間の一人称視点が存在する。 が、ヴィヴァルディのこれには一人称も三人称もなく、視点の置きどころが分からないのだ。 ただ人間不在の風景だけが通り過ぎていく。 その景色の、なんと美しいことか。

 あまりにも有名な第一楽章の、あの華やかな響とは裏腹に、そこには藤子・F・不二雄先生が S F 短編でよく描いていたような、人類がいなくなったあとの荒廃した未来世界の春が垣間見えて、ぼくはちょっと空恐ろしくなったりするのだ。

 あれ、なんだ。 ちゃんと感想書けたじゃん俺 ( たぶん教師の評価はよくないが ) 。

もう半分はグルダのせい

クラシック音楽

 カルロス・クライバーと並ぶぼくのヒーロー、フリードリヒ・グルダ

 ぼくが三十五歳にもなってピアノを習いに行くなどという酔狂を始めた理由の半分はモーツァルトにあり、あとの半分はグルダにある。

 でもグルダの音楽にちゃんと出会ったのは、没後ずいぶん経ってからだった。 どうして存命中、この人の音楽にちゃんと接する機会がなかったのかと思う。

 宇野さんはグルダをあまり高く買っていない様子で、著作では推薦盤に挙げるどころか名前すら出てこない。 ほぼ完全スルー。 まずそれが大きかった。 手元にある1994年刊行の音友ムック 「クラシック現代の巨匠たち」 の中でも、ポリーニや弟子のアルゲリッチが4ページを割かれているのに対し、師であるグルダは1ページだけの扱い (ミケランジェリでも1ページですが)。 またグルダの来歴においてジャズへの傾倒は大きなウエイトを占めているため、当時のぼくにはクラシックとジャズの二足のわらじを履いた、なんとなく二流ぽい人という印象しかなかったのだ。 もったいない。 ああもったいない。

 ただそのころはモーツァルトもまだよく分からなかったし、さらにはピアニストという人種にもあまり関心がなかった。 もしグルダの弾くモーツァルトを聴く機会に恵まれていても、たちまち惹きこまれていたかどうか、自信はない。 出会うべくして、おっさんになってからぼくはグルダと出会ったのだ。

 あれはYouTubeもすっかり人口に膾炙した年の、春の日だった。 モーツァルトピアノ曲の演奏動画を色々と聴きあさっているうち、なんとなくクリックしたその動画では、トルネコみたいな太ったおっさん、それもどう見ても普段着のおっさんがオーケストラを前にしてピアノに向かい、椅子から乗り出したり立ち上がったり、まるで宴会の余興のごとき気楽さで、ピアノ協奏曲第26番 「戴冠式」 を指揮し始めた。

 衝撃だった。 なんというフリーダムなおっさんだ。 トルネコふしぎなおどりをおどっている。 さらに衝撃だったのは、その演奏がどう聴いても素晴らしいんである。 2分半過ぎ、独奏ピアノが始まってからの音のきらめきといったらもう、モーツァルトの虹色の音楽がグルダのピアノによってさらに光を帯びたようで、極上にハッピーな気持ちになってくる。

 なんたってグルダは、演奏してる姿がかっこいい。 どのピアニストよりもかっこいい。 軽妙洒脱というか、たまらなく粋だ。 おまけに弾きながら鼻歌を歌うので、たいていの音源にはピアノと一緒にその鼻歌も記録されているのはお決まり。

 グルダはよく演奏中、客席のほうを見て嬉しそうに笑いかける。 それは 「どうだ俺の演奏、いいだろう」 という自己顕示ではなく、 「どうだ音楽って、本当に素晴らしいだろう」 と語りかけているようにぼくには見える。

 「クラシックとジャズ、ふたつの世界に生きた人」 といつも決まって紹介されるグルダ。 ぼくが思うに、グルダにとってはクラシックとかジャズとか、そういう区分も実はどうだってよかったんじゃないか。 ただ 「音楽」 だったんだよきっと。

 グルダの演奏哲学はシンプルだ。 快楽主義的で、かっこよく、気持ちいい。 愛車は真っ赤なフェラーリで、女性が大好きで、腕時計は金ピカ。 いっけん軽いノリのオヤジに見えて、心にでっかい愛の海がある。 カッコイイとは、こういうことさ。

 そんなグルダになりたくて、そんなグルダになれなくて。 ぼくはきょうもピアノを練習する。 グルダみたいに弾くことは逆立ちしても一生かかってもできない。 ただグルダがピアノを弾く姿を見ていると、俺はなぜ音楽を聴くのかという根源的な自問に対するものすごーく大切でものすごーく単純な答えが、いつも必ずはっきり見えるのだ。

ブリュッヘンを思い出す

クラシック音楽

 たしか、あの日ぼくは風邪で体調を崩してひいひい言ってた。 熱もあった。 さいわい咳は出てなかったので、行こうと思った。

 早くからチケットを買って、休暇にするつもりでいたのに、よりによってその日に会社が昇進試験の一次日程をねじこんできたもんだから、フラフラクラクラする頭でぼくは、14時からの筆記試験が何時に終わって何時の新幹線に乗れば19時までに東京の赤坂に着けるのか、そればかり気にしていた。

 2007年の2月7日。 さんざんな試験を終えて新幹線に飛び乗り (なぜか途中、巣鴨へ寄って豆大福を食べた記憶がある) なんとか辿り着いたサントリーホールのRC席で、ぼくはフランス・ブリュッヘンが指揮する新日本フィルを聴いた。 曲目はモーツァルトフィガロ序曲、交響曲39番、40番。

 ステージに現れたブリュッヘンは、びっくりするほど、おじいちゃんになっていた。 足どりもよぼよぼで、指揮台までの歩みも危なっかしく感じるほどに。 椅子に座っての指揮。 ブリュッヘンの腕が上がる。 ぼくはドキドキしながら最初の音を待つ―――

 ここで話は1993年にさかのぼる。 その日のNHK教育 (当時) 「芸術劇場」 のプログラムは、噂に名高いフランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ来日公演。 曲目はモーツァルト 「フルートと管弦楽のためのアンダンテ」 、そしてベートーヴェンの 「英雄」 。 すでに宇野さんの本やら何やらでこのコンビの評判を読んでいたぼくは、ドキドキしながら録画ボタンに手をかけて待っていた。

 テレビのスピーカーから流れてきたのは、初めて聴く音だった。 いつも聴いているオーケストラのサウンドとはまったく違う、油絵の具で書きなぐったような、強烈な色彩。 ぼくは圧倒された。

 それでいて、高校1年のガキんちょの耳にもその演奏は、とても洗練されていた。 激しい表現欲求が音と音の間から溢れんばかりであるのに、ちっともうるさくなく、品がある。 一音一音がえらく味わいぶかい。 まるで上質な伊賀焼のたたずまいのような、二晩寝かせたカレーの味わいのような。 440ヘルツより低く設定されたほの暗い音程、ヴィブラートなしで引き延ばされる弦楽器、土くさい金管、小さいマレットで鋭く打ちこまれるティンパニ、なにもかもが新鮮な響きだった。

 きれいじゃないけど、美しい音。

 その中心にあって指揮台も置かずオーケストラと同じ高さに立ち、イカれた科学者のような目つきで一心不乱に音楽を導く指揮者ブリュッヘン。 いやあかっこよかったよ。 この録画は何回見返したかわからない。

 カラヤン亡き後の1990年代において、ブリュッヘンと18世紀オケによる録音は最高にセンセーショナルで、間違いなく全世界のクラシック音楽ファンを活気づけるエナジーを放っていた。

 ふたたび2007年のサントリーに戻る。 鳴り始めた 「フィガロ」 序曲は、モダン楽器なので18世紀オーケストラほどのコクはないものの、まぎれもなくブリュッヘンの音だった。 もはや以前のような狂気と正気の拮抗したテンションの高さはなく、そのかわりに音楽は静けさをたたえていた。 とても静かで、とても美しいモーツァルト。 アンコールには第40番の1楽章がもう一度演奏された。

 ぼくは実のところ40番の交響曲は、33番やリンツプラハに比べると全然聴かない。 でも時折思い出したように聴きたくなる日があって、きのうもふとそんな気持ちになってこの曲をかけていたら、ブリュッヘンの訃報を知った。

 だからぼくはこの曲でブリュッヘンにさよならを言おうと思う。

 もうモーツァルトベートーヴェンと会ったころだろうか。 会いたかった人たちいっぱいいるだろうから、 「これで本物の18世紀オーケストラができるぞ」 とか言って興奮してんじゃないだろうか。 やかましいわ。

 ぼくはこの21世紀でもう少しだけ、あなたが遺したモーツァルトを聴き続けます。